2008年 05月 05日
ジミー・マンスフィールドは、如何にして強靭な胆力を手に入れたのか(1) |
ジミー・マンスフィールドは、仕事で東京に滞在していた時に奇跡的に邂逅した銀座にある珈琲屋のマンデリンを忘れることが出来なかった。その記憶は、帰国した後も全く色あせることなく、むしろ時間が経つにつれ、完璧なマンデリンは色濃く、より鮮明にジミーの頭の中に浮かんでくるのだった。そしてことある度に、妻のエミリーに「君にもあの奇跡のマンデリンを飲ませてあげたいよ」と目を潤ませて繰り返し話すのだった。
ジミーはもう一度あのマンデリンを飲みたいと切に願っていた。そんなジミーの珈琲に対する端倪すべからざる姿を見る度、エミリーもまた、奇跡のマンデリンに思いを馳せていた。ふたりはいつの間にか、一人息子のトミーを合わせた3人分の旅費を稼ぐために涙ぐましい努力を積み重ねはじめていた。そして寒い冬を幾度と無く乗り越え、爽やかな風が新緑の梢を揺らす季節が巡ってきた頃、ようやく来日することが出来たのだった。
いつもの場所にその店はあった。ファサードは、あの時と何ひとつ変わっていなかった。ジミーがドアを開ける。カウベルの乾いた音が店内に響くと、カウンターの中にいたマスターはゆっくりと顔を上げた。お店の匂いも空気もあの頃のままだ。ジミーは目頭が熱くなった。
ジミーはトミーを抱えているエミリーを店内に促した。すると突然マスターは、目を大きく見開き「子供はダメだよ!」とジミーに向かってぶっきらぼうに言い放った。
「何故?」ジミーは慌てて聞き返す。
「ここは珈琲を静かに楽しむところだ。オレが黙って珈琲を差し出す。客はそれを黙って味わう。子供は騒いでうるさいだろ、耳障りだ!」マスターは声のボリュームを抑えながらも強い口調で言った。
「私たちは、あなたの珈琲を飲むためにわざわざアメリカからやって来ました。妻もあなたの珈琲を楽しみにしています。息子も静かにさせますから、今回だけは特別に一緒に入れてください。お願いします」ジミーは泣き出しそうな声で懇願した。
「悪いけど子供は入店禁止だ」マスターは、さっきとは打って変って出来るだけ穏やかにたしなめた。
ふたりのやり取りを聞いていたエミリーは、がっくりとうな垂れているジミーの肩にそっと手を置いていった。「ジミー、あなただけ飲んできなさい。私はトミーをつれて街を散歩してくるから」
ジミーは首を小さく横に振り、そして天を仰いだ。一筋の涙が頬を伝って床に落ちた。
エミリーとトミーが店を後にすると、ジミーは一番奥のテーブル席に座り、マンデリンを頼んだ。店内は彼以外に客はなく、音楽も流れていなかった。ただお湯の沸いている音だけが聞こえてきた。ジミーは待っている間、マンデリンと再び出会える喜びよりも、エミリーとトミーのことが気になって仕方が無かった。特にエミリーに対しては、やはり自分が変わってやるべきだった。と自責の念に駆られていた。そんなことを考えていると、マスターがマンデリンの入った白磁のカップを持ってやって来た。さっきは済まなかったね。マスターはそういう表情を浮かべていたが言葉は無かった。
目を閉じて香りを確かめる。-いい香りだ。
ひとくち飲んでみる。-丸いけど後には引かない。甘さの中に絶妙なバランスで苦味が存在している。
でも、残念ながら前に飲んだときよりも美味くない。私が求めていた何もかもが完璧だったあの「奇跡のマンデリン」ではない。きっと飲む前に神経をかき乱された所為だ。ジミーの体は震えだし、顔は真っ青になっていた。
つづく
ジミーはもう一度あのマンデリンを飲みたいと切に願っていた。そんなジミーの珈琲に対する端倪すべからざる姿を見る度、エミリーもまた、奇跡のマンデリンに思いを馳せていた。ふたりはいつの間にか、一人息子のトミーを合わせた3人分の旅費を稼ぐために涙ぐましい努力を積み重ねはじめていた。そして寒い冬を幾度と無く乗り越え、爽やかな風が新緑の梢を揺らす季節が巡ってきた頃、ようやく来日することが出来たのだった。
いつもの場所にその店はあった。ファサードは、あの時と何ひとつ変わっていなかった。ジミーがドアを開ける。カウベルの乾いた音が店内に響くと、カウンターの中にいたマスターはゆっくりと顔を上げた。お店の匂いも空気もあの頃のままだ。ジミーは目頭が熱くなった。
ジミーはトミーを抱えているエミリーを店内に促した。すると突然マスターは、目を大きく見開き「子供はダメだよ!」とジミーに向かってぶっきらぼうに言い放った。
「何故?」ジミーは慌てて聞き返す。
「ここは珈琲を静かに楽しむところだ。オレが黙って珈琲を差し出す。客はそれを黙って味わう。子供は騒いでうるさいだろ、耳障りだ!」マスターは声のボリュームを抑えながらも強い口調で言った。
「私たちは、あなたの珈琲を飲むためにわざわざアメリカからやって来ました。妻もあなたの珈琲を楽しみにしています。息子も静かにさせますから、今回だけは特別に一緒に入れてください。お願いします」ジミーは泣き出しそうな声で懇願した。
「悪いけど子供は入店禁止だ」マスターは、さっきとは打って変って出来るだけ穏やかにたしなめた。
ふたりのやり取りを聞いていたエミリーは、がっくりとうな垂れているジミーの肩にそっと手を置いていった。「ジミー、あなただけ飲んできなさい。私はトミーをつれて街を散歩してくるから」
ジミーは首を小さく横に振り、そして天を仰いだ。一筋の涙が頬を伝って床に落ちた。
エミリーとトミーが店を後にすると、ジミーは一番奥のテーブル席に座り、マンデリンを頼んだ。店内は彼以外に客はなく、音楽も流れていなかった。ただお湯の沸いている音だけが聞こえてきた。ジミーは待っている間、マンデリンと再び出会える喜びよりも、エミリーとトミーのことが気になって仕方が無かった。特にエミリーに対しては、やはり自分が変わってやるべきだった。と自責の念に駆られていた。そんなことを考えていると、マスターがマンデリンの入った白磁のカップを持ってやって来た。さっきは済まなかったね。マスターはそういう表情を浮かべていたが言葉は無かった。
目を閉じて香りを確かめる。-いい香りだ。
ひとくち飲んでみる。-丸いけど後には引かない。甘さの中に絶妙なバランスで苦味が存在している。
でも、残念ながら前に飲んだときよりも美味くない。私が求めていた何もかもが完璧だったあの「奇跡のマンデリン」ではない。きっと飲む前に神経をかき乱された所為だ。ジミーの体は震えだし、顔は真っ青になっていた。
つづく
by niagara-cafe
| 2008-05-05 22:58
| ■与太話■
|
Comments(4)
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Imagine-Master
at 2008-05-06 19:47
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今日は、マイミクの人と銀座の珈琲屋さんに行きました。
マイミクさんは、ネルドリップの様子を
じっと食い入るように見ていました。
マイミクさんは、ネルドリップの様子を
じっと食い入るように見ていました。
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まるいち
at 2008-05-06 21:43
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エミリーとトミーが可愛そう。ジミーはこんな気持ちじゃ楽しみにしていたコーヒーもちょっとあれですね。しかし子供ダメとはクラシックコンサートみたいなコーヒー屋ですね(笑)。こわいよぅ。
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niagara-cafe at 2008-05-07 21:06
Imagine-Masterさん
銀座にはいい店が沢山ありますね!
銀座にはいい店が沢山ありますね!
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niagara-cafe at 2008-05-07 21:07
まるいちさん
ジミー・マンスフィールドはこれからどんどん成長していきます(笑
ジミー・マンスフィールドはこれからどんどん成長していきます(笑