2007年 04月 08日
私は何故、酸味のある珈琲が苦手になったのか~ある男の告白~ |
カウンターの真向かいに座っている、幾分白さの目立つぼさぼさ髪をした、顔が青く、頬のこけた男は、充血した眼球をぎょろつかせながら、いなり寿司を食べていた。男は常に、サーチライトのように回転すし屋の店内のいたるところに向け鋭く尖った視線を投げていて、その眼球だけが一際大きく、また、生き生きとしていた。
男は私と目が合うと、一瞬口が止まり、獣のように私の顔を凝視してきた。そのたびに私の背中は冷たい汗が幾筋も流れ落ちてきた。私は、刑務所を抜け出した脱走犯、あるいは、他国の海域で漁をしている密漁船のように、男の視線から逃れなければならなかった。その所為もあり、常に監視しているわけではなかったが、その存在を意識したときからずっと、男は、いなり寿司を食べているように思えた。
そして、まただ!男は、またしても、いなり寿司が2個載った皿に手をやった。
この回転すし屋は無論、いなり寿司専門店ではない。幾分乾燥気味にぱさついていたり、水分が完全に抜けてしまいカピカピになっていたりしていたが、玉子やマグロの赤身から、イクラやウニ、中トロ、アワビなども、もちろん回っている。でも男は、そんなものには目もくれず、いなり寿司だけを食べ続けた。
この男は、どうしていなり寿司ばかり食べるのだろうか?当たり前の疑問が私の頭を横切る。いなり寿司には目がないのか、それとも、ただ一皿80円と、ネタの中で一番安価ないなり寿司で、胃袋を満足させたかっただけなのか?いや、ひょっとすると、キツネが男の姿に化けているのかもしれない。開発のために山から追いやられ、食料を失ったキツネが、厳冬を越す力をつけるためにいなり寿司をがっつり食べているのかもしれない。しかし、もちろん私にはその真意が分からなかった。分かっていることは、男がいなり寿司を口の中一杯にほお張り、ハムスターのように頬を膨らませながら食べ続けていること、ただそれだけだけだった。
男は、いなり寿司が目の前を横切らなくなると、しゃがれた低い声で「いなり」と近くの店員に声を掛けた。何度か同じようなやり取りが続くと、その店員は奥の厨房へ消えていった。すると、見る見るうちにベルトの上を回るいなり寿司の割合が高くなり、ついには、回っている寿司がいなり寿司だけになった。男は、うっすらと笑みを浮かべながら、黙々とキツネ色の楕円形をした物体を大きな口の中に投げ入れ続けていた。
だんだん私は、男がシナモンローストの珈琲豆を食べているように見えてきて、その異様な光景にシナモンローストの幾分生っぽい味と香りが蘇えり、突然、目眩と吐き気を覚えた。私は、いよいよ堪えきれなくなると、ふらふらとおぼつかない足取りで便所へ行き、洋便器を抱え込みながら、さっき食べた寿司を嘔吐した。白い吐しゃ物の中にエビやタコらしきものが混ざっていた。粘性度の高い鼻水が一筋の糸となって、タコの吸盤を突っついていた。口の中は、レモンのような強い腐ったような酸味に占領されていて、それがまた吐き気を誘発してきた。
まだ胃の奥にムカムカする感覚が残っていたので、それを吐きだそうと、腹に力を入れると、思わず屁が出てしまった。やや湿り気味の「プ」の音で我に返った私は
「まったく何て日だ。」
と、口に出して呟いてみた。余りにも弱々しい自分の声に涙が溢れ、誰かがトイレブースの扉をノックして来るまで、私は便器の前でかがみ込んだまま泣きつづけた。
それからです。私は酸味の強い浅煎りの珈琲が苦手になったのは・・・。
-終わり-
男は私と目が合うと、一瞬口が止まり、獣のように私の顔を凝視してきた。そのたびに私の背中は冷たい汗が幾筋も流れ落ちてきた。私は、刑務所を抜け出した脱走犯、あるいは、他国の海域で漁をしている密漁船のように、男の視線から逃れなければならなかった。その所為もあり、常に監視しているわけではなかったが、その存在を意識したときからずっと、男は、いなり寿司を食べているように思えた。
そして、まただ!男は、またしても、いなり寿司が2個載った皿に手をやった。
この回転すし屋は無論、いなり寿司専門店ではない。幾分乾燥気味にぱさついていたり、水分が完全に抜けてしまいカピカピになっていたりしていたが、玉子やマグロの赤身から、イクラやウニ、中トロ、アワビなども、もちろん回っている。でも男は、そんなものには目もくれず、いなり寿司だけを食べ続けた。
この男は、どうしていなり寿司ばかり食べるのだろうか?当たり前の疑問が私の頭を横切る。いなり寿司には目がないのか、それとも、ただ一皿80円と、ネタの中で一番安価ないなり寿司で、胃袋を満足させたかっただけなのか?いや、ひょっとすると、キツネが男の姿に化けているのかもしれない。開発のために山から追いやられ、食料を失ったキツネが、厳冬を越す力をつけるためにいなり寿司をがっつり食べているのかもしれない。しかし、もちろん私にはその真意が分からなかった。分かっていることは、男がいなり寿司を口の中一杯にほお張り、ハムスターのように頬を膨らませながら食べ続けていること、ただそれだけだけだった。
男は、いなり寿司が目の前を横切らなくなると、しゃがれた低い声で「いなり」と近くの店員に声を掛けた。何度か同じようなやり取りが続くと、その店員は奥の厨房へ消えていった。すると、見る見るうちにベルトの上を回るいなり寿司の割合が高くなり、ついには、回っている寿司がいなり寿司だけになった。男は、うっすらと笑みを浮かべながら、黙々とキツネ色の楕円形をした物体を大きな口の中に投げ入れ続けていた。
だんだん私は、男がシナモンローストの珈琲豆を食べているように見えてきて、その異様な光景にシナモンローストの幾分生っぽい味と香りが蘇えり、突然、目眩と吐き気を覚えた。私は、いよいよ堪えきれなくなると、ふらふらとおぼつかない足取りで便所へ行き、洋便器を抱え込みながら、さっき食べた寿司を嘔吐した。白い吐しゃ物の中にエビやタコらしきものが混ざっていた。粘性度の高い鼻水が一筋の糸となって、タコの吸盤を突っついていた。口の中は、レモンのような強い腐ったような酸味に占領されていて、それがまた吐き気を誘発してきた。
まだ胃の奥にムカムカする感覚が残っていたので、それを吐きだそうと、腹に力を入れると、思わず屁が出てしまった。やや湿り気味の「プ」の音で我に返った私は
「まったく何て日だ。」
と、口に出して呟いてみた。余りにも弱々しい自分の声に涙が溢れ、誰かがトイレブースの扉をノックして来るまで、私は便器の前でかがみ込んだまま泣きつづけた。
それからです。私は酸味の強い浅煎りの珈琲が苦手になったのは・・・。
-終わり-
by niagara-cafe
| 2007-04-08 22:23
| ■与太話■
|
Comments(6)
シナモンロースト食べてる様に見えたら、さすがに嫌に成りますね。後半のトイレの描写はかなりリアルで気持ち悪かったです(笑)。(褒めてます)
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niagara-cafe at 2007-04-09 07:11
まるいちさん
与太ネタを読んでいただきありがとうございます。
昨日いなり寿司を食べたもので、強引に話を作ってしまいました。
>シナモンロースト食べてる様に見えたら、さすがに嫌に成りますね。
なかなかそんな人はいないでしょうが、そんな風に見えたらちょっと嫌ですね(笑
与太ネタを読んでいただきありがとうございます。
昨日いなり寿司を食べたもので、強引に話を作ってしまいました。
>シナモンロースト食べてる様に見えたら、さすがに嫌に成りますね。
なかなかそんな人はいないでしょうが、そんな風に見えたらちょっと嫌ですね(笑
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niagara-cafe at 2007-04-09 15:25
HCさん
>私も浅煎りが苦手になりそう。
ぼくも酸味もさわやですっきりとした酸味だったら美味しく飲めるんですが(笑
>しっかし、私の場合一ヶ月ほど焦げ焦げのフルシティなのでハイあたりに逃げ出しちゃうかも?!
生焼けっぽいのは辛いですが、焦げ焦げの珈琲も大変ですね。
>私も浅煎りが苦手になりそう。
ぼくも酸味もさわやですっきりとした酸味だったら美味しく飲めるんですが(笑
>しっかし、私の場合一ヶ月ほど焦げ焦げのフルシティなのでハイあたりに逃げ出しちゃうかも?!
生焼けっぽいのは辛いですが、焦げ焦げの珈琲も大変ですね。
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Imagine-Master
at 2007-04-12 20:26
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niagara-cafe at 2007-04-13 10:32
Imagine-Masterさん
焙煎でも、深煎りもなかなか美味い!とはいきませんが、それでも浅目より渋味が抜けている所為か飲みやすいですね。そういう点で、浅煎りの焙煎にはちょっとためらいがあります。
焙煎でも、深煎りもなかなか美味い!とはいきませんが、それでも浅目より渋味が抜けている所為か飲みやすいですね。そういう点で、浅煎りの焙煎にはちょっとためらいがあります。