2010年 03月 10日
寝床 |
下草のざわめく音で私は目を覚ました。
真っ暗闇で何も見えない。
どこにいるのか初めのうちはさっぱり分からなかったけど
腐葉土の臭いがしつこく鼻腔を突いてきたので
森の中で倒れているのだということがわかった。
硬直した頬に触れる軟らかな土の感触。
もう片方の頬には、冷たい塊がしきりに叩く。
雪だろうか。
上のほうでカタカタと乾いた音を立てているのは
葉のすっかりと落ちた梢が風に揺られ触れ合う音なのかもしれない。
-手足は全く動かない。
何か重たいものに押しつぶされているような感じではなく、ただただ動かないのだ。
痛くも痒くもなかったけれど、動かすことができないのは困る。
-今、何時?
ここから抜け出して早く家に帰らないと、あの人が心配しているかもしれない。
いや、心配なんかしていないだろう。
だけど、自分が帰宅したときに晩ご飯が出来てなかったら、ネチネチと文句を言ってくる。
器が小さすぎる。鼻くそみたいな男だ。
-風が止まる。
一定のリズムで刻まれた私の鼓動と呼吸が、重厚な闇の壁に反響し耳に入ってきた。
それはまた、地面の中から発せられた音のようにも聞こえる。
私の心音を聞いてきると、あの人の
「焙煎はリズムですよ」
などと鼻を鳴らしながら偉そうにいっている憎たらしい顔が浮かんできた。
-私は世界でただ一人生きているような気がした。
目を覚ましてからどのくらいの時間が経ったのか全く分からない。
時間軸が歪んでいるみたい。
また気を失って、次に目を覚ましたときは、暖かい寝床の中だったら最高だ。
ついでに隣で寝ているあの人が冷たくなってくれていたら尚…。
-私は少しずつ土の中へ沈んでいくのだろうか。
私の体から繊毛が生え出し、それは瞬く間に太く変わり、
竹林のように地面深くまで根をはびこらしている気がした。
そしてその根には、びっしりと葡萄状の嚢胞が繁殖するのだ。
嚢胞は根を伝い、私の体に入ってきて、少しずつ細胞を蝕んでいき
やがて、静謐のうちに生を終え、肉体は分解され土に戻るのだ。
そして来世私は樹木となって生まれ変わる。
「三十三間堂棟木の由来」お柳みたいに私も樹の精になって、
今度こそは素敵な人とめぐり合いたい。
絶対にあの人みたいな男は嫌だわ。
腐りかけたマンデリンや醜いほどえぐいケニアを飲まされるのは真っ平ごめんだ。
-太陽の偉大さを実感していた。
私はこのまま死に絶えたとしたら、魂は永遠にこの闇の中をさまようような気がした。
白骨は木々の木漏れ日に照らされ、煌いていたとしても、私の魂は闇の中で浮遊するのだ。
私は盲目になり、二度と光を感じることが出来ないのだ。
-有彩色の世界が懐かしかった。
紫煙に煙り、若葉が生い茂っている新緑の森や金色の稲穂が波打つ田園…。
いやいや、やっぱり海がいいわ。山はもう勘弁。
茜色に染め上がる旭光や夏の燦燦に降り注ぐ陽光の照り返しが眩しい海を見ながら、
心地よい潮風を身体いっぱいに感じるのだ。
そして…、不味くてもいいから温かい珈琲が飲みたい。
すると突然、私の体はぐるぐると回りだし身体が焼けるように熱くなった。
体の内側からバチバチと弾ける音がしてきた。
熱い熱いと叫びたくても声が出てこない。揺曳する意識。
ピチピチ、バチバチ…。
2ハゼのピークを迎えると、天頂の夜空の真ん中あたりに満月みたいな丸い光が現れて
「どうする!どうする!どうする!」
あの人の叫ぶ声が聞こえてきて、その声は漆黒の森の中いっぱいに響き渡った。
おわり
真っ暗闇で何も見えない。
どこにいるのか初めのうちはさっぱり分からなかったけど
腐葉土の臭いがしつこく鼻腔を突いてきたので
森の中で倒れているのだということがわかった。
硬直した頬に触れる軟らかな土の感触。
もう片方の頬には、冷たい塊がしきりに叩く。
雪だろうか。
上のほうでカタカタと乾いた音を立てているのは
葉のすっかりと落ちた梢が風に揺られ触れ合う音なのかもしれない。
-手足は全く動かない。
何か重たいものに押しつぶされているような感じではなく、ただただ動かないのだ。
痛くも痒くもなかったけれど、動かすことができないのは困る。
-今、何時?
ここから抜け出して早く家に帰らないと、あの人が心配しているかもしれない。
いや、心配なんかしていないだろう。
だけど、自分が帰宅したときに晩ご飯が出来てなかったら、ネチネチと文句を言ってくる。
器が小さすぎる。鼻くそみたいな男だ。
-風が止まる。
一定のリズムで刻まれた私の鼓動と呼吸が、重厚な闇の壁に反響し耳に入ってきた。
それはまた、地面の中から発せられた音のようにも聞こえる。
私の心音を聞いてきると、あの人の
「焙煎はリズムですよ」
などと鼻を鳴らしながら偉そうにいっている憎たらしい顔が浮かんできた。
-私は世界でただ一人生きているような気がした。
目を覚ましてからどのくらいの時間が経ったのか全く分からない。
時間軸が歪んでいるみたい。
また気を失って、次に目を覚ましたときは、暖かい寝床の中だったら最高だ。
ついでに隣で寝ているあの人が冷たくなってくれていたら尚…。
-私は少しずつ土の中へ沈んでいくのだろうか。
私の体から繊毛が生え出し、それは瞬く間に太く変わり、
竹林のように地面深くまで根をはびこらしている気がした。
そしてその根には、びっしりと葡萄状の嚢胞が繁殖するのだ。
嚢胞は根を伝い、私の体に入ってきて、少しずつ細胞を蝕んでいき
やがて、静謐のうちに生を終え、肉体は分解され土に戻るのだ。
そして来世私は樹木となって生まれ変わる。
「三十三間堂棟木の由来」お柳みたいに私も樹の精になって、
今度こそは素敵な人とめぐり合いたい。
絶対にあの人みたいな男は嫌だわ。
腐りかけたマンデリンや醜いほどえぐいケニアを飲まされるのは真っ平ごめんだ。
-太陽の偉大さを実感していた。
私はこのまま死に絶えたとしたら、魂は永遠にこの闇の中をさまようような気がした。
白骨は木々の木漏れ日に照らされ、煌いていたとしても、私の魂は闇の中で浮遊するのだ。
私は盲目になり、二度と光を感じることが出来ないのだ。
-有彩色の世界が懐かしかった。
紫煙に煙り、若葉が生い茂っている新緑の森や金色の稲穂が波打つ田園…。
いやいや、やっぱり海がいいわ。山はもう勘弁。
茜色に染め上がる旭光や夏の燦燦に降り注ぐ陽光の照り返しが眩しい海を見ながら、
心地よい潮風を身体いっぱいに感じるのだ。
そして…、不味くてもいいから温かい珈琲が飲みたい。
すると突然、私の体はぐるぐると回りだし身体が焼けるように熱くなった。
体の内側からバチバチと弾ける音がしてきた。
熱い熱いと叫びたくても声が出てこない。揺曳する意識。
ピチピチ、バチバチ…。
2ハゼのピークを迎えると、天頂の夜空の真ん中あたりに満月みたいな丸い光が現れて
「どうする!どうする!どうする!」
あの人の叫ぶ声が聞こえてきて、その声は漆黒の森の中いっぱいに響き渡った。
おわり
by niagara-cafe
| 2010-03-10 07:19
| ■与太話■
|
Comments(4)
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by
junyu5484 at 2010-03-11 17:36
僕も小説を書いていますが、これはかなりシュールなタイプの小説ですねえ。ここまでの想像力は、僕にはありません。脱帽です!
0
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style-zero at 2010-03-11 22:07
このような才能のある方がうらやましいです。
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niagara-cafe at 2010-03-12 14:48
junyu5484さん
滅相もございません。もうちょっとまともなことを書ければよいのですが、残念ながらこんなことしか浮かんできません。
滅相もございません。もうちょっとまともなことを書ければよいのですが、残念ながらこんなことしか浮かんできません。
Commented
by
niagara-cafe at 2010-03-12 14:48
style-zeroさん
恐れ入ります。与太話だと思って流してください…。
恐れ入ります。与太話だと思って流してください…。