2009年 09月 02日
1Q74年の自家焙煎珈琲店 |
見知らぬ土地の自家焙煎珈琲店の話を聞くのが病的に好きだった。
一時期、35年も昔のことだが、手あたり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の珈琲屋の話を聞いてまわったことがある。彼らはまるで古い焙煎機に豆でも放り込むように僕に向かって実に様々な珈琲屋の話を語り、そして語り終えると一様に満足して穴倉のように薄暗い珈琲屋に向かっていった。理由こそわからなかったけれど、誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して珈琲の美味さを懸命に伝えたがっていた。それは僕に、麻袋にぎっしりと詰め込まれたモカ・マタリを思わせた。僕はそういった生豆を一粒ずつ袋から取り出しては、丁寧にシルバースキンを剥いでパレットに一列に並べてやった。
とにかく遠く離れた街の自家焙煎珈琲店の話を聞くのが好きだ。そういった珈琲屋を、僕はオールドビーンズマニアのようにいくつも貯めこんでいる。目を閉じると黒く焼けた無垢のカウンターが浮かび、薄暗い空間に煙草の煙が揺れ、マスターの咳払いする声が聞こえる。遠くの、そして永遠に交わることないであろう常連客たちの生のゆるやかな、そして確かなうねりを感じることもできる。
1Q74年Q月……。まるで夢のようだった。1Q74年、そんな年が本当に存在するなんて考えたこともなかった。そう思うと何故か無性におかしくなった。
「どうしたの?」と208が訊ねた。
「疲れたみたいだな。コーヒーでも飲まないか?」
二人は肯いて台所に行き、一人がカリカリとザッセンハウスのミルで豆を挽き、一人が湯を沸かしてロイヤルコペンハーゲンのカップを温めた。僕たちは窓際の床に一列に並んで腰を下ろし、熱いコーヒーを飲んだ。
一時期、35年も昔のことだが、手あたり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の珈琲屋の話を聞いてまわったことがある。彼らはまるで古い焙煎機に豆でも放り込むように僕に向かって実に様々な珈琲屋の話を語り、そして語り終えると一様に満足して穴倉のように薄暗い珈琲屋に向かっていった。理由こそわからなかったけれど、誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して珈琲の美味さを懸命に伝えたがっていた。それは僕に、麻袋にぎっしりと詰め込まれたモカ・マタリを思わせた。僕はそういった生豆を一粒ずつ袋から取り出しては、丁寧にシルバースキンを剥いでパレットに一列に並べてやった。
とにかく遠く離れた街の自家焙煎珈琲店の話を聞くのが好きだ。そういった珈琲屋を、僕はオールドビーンズマニアのようにいくつも貯めこんでいる。目を閉じると黒く焼けた無垢のカウンターが浮かび、薄暗い空間に煙草の煙が揺れ、マスターの咳払いする声が聞こえる。遠くの、そして永遠に交わることないであろう常連客たちの生のゆるやかな、そして確かなうねりを感じることもできる。
1Q74年Q月……。まるで夢のようだった。1Q74年、そんな年が本当に存在するなんて考えたこともなかった。そう思うと何故か無性におかしくなった。
「どうしたの?」と208が訊ねた。
「疲れたみたいだな。コーヒーでも飲まないか?」
二人は肯いて台所に行き、一人がカリカリとザッセンハウスのミルで豆を挽き、一人が湯を沸かしてロイヤルコペンハーゲンのカップを温めた。僕たちは窓際の床に一列に並んで腰を下ろし、熱いコーヒーを飲んだ。
by niagara-cafe
| 2009-09-02 23:10
| ■与太話■
|
Comments(8)
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pegion at 2009-09-03 19:02
村上春樹好きなんですが、
新作読んでません。
新作読んでません。
0
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sheaf at 2009-09-04 00:12
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niagara-cafe at 2009-09-04 05:57
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niagara-cafe at 2009-09-04 06:04
sheafさん
風の歌から羊をめぐるくらいまでが好きなもので、
こういう形でどうしても出てきてしまいます><
1974年もののオールドビーンズとかあれば飲んでみたいですね。
オールドビーンズのよさを理解していないやつに飲ませてたまるか
とかいわれそうですが…。
風の歌から羊をめぐるくらいまでが好きなもので、
こういう形でどうしても出てきてしまいます><
1974年もののオールドビーンズとかあれば飲んでみたいですね。
オールドビーンズのよさを理解していないやつに飲ませてたまるか
とかいわれそうですが…。
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Imagine-Master
at 2009-09-05 22:45
x
私も何か一冊読んでみたくなりました。
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niagara-cafe at 2009-09-06 09:08
Imagine-Masterさん
ぼくは昨日少し1Q84を読みました。
ぼくは昨日少し1Q84を読みました。
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mame-0708 at 2009-09-06 11:15
ほんとうに好きなんですね、このへんの時期の作品。それが伝わってきます。
私は最近読んだのは、村上さんと読者のメールのやりとりを本にしたやつです。疑問にお答えしますっていう。前は緑色のを読みましたが今回は赤い方のを。とてもよかったです。ハウツー本よりずっと役に立ちました。あ、ハウツー本はもともとあまり読みませんけどね。
私は最近読んだのは、村上さんと読者のメールのやりとりを本にしたやつです。疑問にお答えしますっていう。前は緑色のを読みましたが今回は赤い方のを。とてもよかったです。ハウツー本よりずっと役に立ちました。あ、ハウツー本はもともとあまり読みませんけどね。
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niagara-cafe at 2009-09-06 15:49
mame-0708さん
村上作品で読み返すのは、このあたりの作品ばかりですね。珈琲は丸いのが好きですが、小説は尖っているほうが好きみたいです。
読者のメールのやりとりを本にしたやつは、一冊ほど持っていますが、途中までしか読んでいません。けれど、確かに村上さんの言葉で書かれている 分だけ、ハウツー本よりは楽しめますね。
村上作品で読み返すのは、このあたりの作品ばかりですね。珈琲は丸いのが好きですが、小説は尖っているほうが好きみたいです。
読者のメールのやりとりを本にしたやつは、一冊ほど持っていますが、途中までしか読んでいません。けれど、確かに村上さんの言葉で書かれている 分だけ、ハウツー本よりは楽しめますね。